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ガリレオ最新刊「禁断の魔術」がガリレオシリーズの最後になるかもしれない。

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どうも、東野圭吾作品大好きな編集長のHIROです。

この記事を書くかどうかは迷ったのですが、記事にしてみました。なんと、現在出ているガリレオ最新刊「禁断の魔術」がガリレオシリーズ最後のシリーズとなるかもしれないとのことです。

『禁断の魔術』Amazonのレビュー

それはAmazonのレビューでもまことしやかにささやかれておりますが、ガリレオの公式ページをみてみると、それはどうやら本当のような気配を醸し出しています。

それは公式ページ場の「東野さんからのメッセージ」を読むとわかります。

『禁断の魔術』のこと1

『禁断の魔術』のこと2

『禁断の魔術』のこと4

『禁断の魔術』のこと5

『禁断の魔術』のこと6

『禁断の魔術』のこと7

以下 転記

 

『禁断の魔術』のこと 東野圭吾

これまでに何度も書いてきたことですが、ガリレオ・シリーズの第一作は「燃える」という短編小説で、書いたのは1996年の秋です。それ以来、いろいろな形で書き継いできました。基本路線は、草薙刑事が直面した不可解な謎を、物理学者湯川が科学的考察によって解明する、というものです。
しかし『ガリレオの苦悩』あたりから、お決まりのパターンとというものがなかなか書けなくなりました。理由は明白で、長編第一作の『容疑者Xの献身』以降、主人公である湯川や草薙が、私の頭の中で「小説の駒」ではなく「人間」として動き始めたからです。人間である以上、人生があり、生活があります。たとえ短編であろうとも、「登場して、謎を解いて退場する」では住まなくなってくるわけです。いや、もしかしたら読者の中にはそれでいいと思っている方もいるかもしれませんが、作者自身が納得できなくなってきたのです。

前作『虚像の道化師』には四つの短編小説が収められていますが、いずれも原稿用紙に換算すると、百枚を超えています。これは短編としては長いほうです。中編と表現したほうが適切でしょう。湯川や草薙に関わる人間ドラマを書きたかったので長くなったのです。むろん、作品にとってそのほうがいいという判断のもとにしたことです。
ただ、気になっていることがありました。なぜならこれまでの連作集は、すべて五編の作品から成っているからです。『虚像のーーー』の時も、何とか五編でと思いました。
ところが皮肉なものです。すっかりアイデアが枯渇していたはずなのに、もうあと一本書こうと思って考えたら、いくつかのアイデアが同時に湧いてきました。しかもどれも捨てがたいものばかりです。おまけにガリレオ・シリーズ以外では使い途がなさそうです。
それまではネタが見つからなくて苦悶していたのに、なぜそんなことになったのか。答えは明白です。湯川や草薙の人生や生活を積極的に書いてみようと思ったからです。

このシリーズを読んでくださっている方ならおわかりかもしれませんが、湯川と草薙は頻繁に酒を酌み交わします。特に草薙は安月給を自認しているくせに、たまに銀座の高級クラブに行ったりもします。もしその店に透視能力を持っているホステスがいて、その力を湯川の前で披露したとすれば、果たしてかれはどんな反応を示すだろうーーーたとえばこんなふうに発想を広げてみました。湯川が挑む謎が殺人事件と直接関係なくてもかまわないのではないかと考えたのです。こうして書きあがったのが『透視す』です。
『曲球る』でも、湯川にこれまでとはまるで違うことに挑戦させました。引退の嬉々に追い詰められた野球選手の再生です。殺人事件解決に駆使してきた科学の知識を、純粋に人助けの為に使おうとする湯川の姿を描きました。
『念波る』でも、湯川は新たな一面を見せます。これまで彼は草薙に協力して、いくつもの謎を解いてきました。しかしこの話では、彼は「テレパシー」という謎に対して、今までとは全く違うアプローチを試みます。それがどういう意図からなのか、草薙にもわかりません。

何度も使える手ではありませんが、我ながらユニークなアイデアだと自負しています。
さて問題は「猛射つ」です。この物語では、湯川に試練を与えようと思いました。私の頭に浮かんだのは、「もし自分のせいで殺人犯になりそうな人間がいたら、湯川はどんなふうに苦しみ、どうやって責任を取るだろう」というアイデアでした。
考えれば考えるほど想像が膨らみました。夢中になって書き進めるうちに、到底短編とはいえない分量になっていました。クライマックスで湯川がとる行動には、きっと多くの方が驚かれることだろうと思います。
このようにして書きあがった四作品と先に完成していた四作品を合わせると、原稿用紙にして千枚近くになります。一冊にまとめれば、かなり分厚い本になってしまいます。長編小説ならそれでもいいのですが、続けて読む必要がない連作集では無意味だし、読者にとっても迷惑です。そこで悩んだ末、『虚像の道化師』と『禁断の魔術』の二冊に分けることにした次第です。本当は短編をさらに二編書いて、五編ずつにすればよかったのですが、それはもうとても無理でした。

ただし、造本では工夫させて頂きました。これまでガリレオ・シリーズの単行本はハードカバーで出してきましたが、『虚像の道化師』からソフトカバーにしています。これは読みやすさと価格を考えてのことです。決して、「内容が軽いから本も軽めにしよう」と考えたからではありません。
今回の二冊を書き終え、すっかり虚脱状態です。ガリレオのことは当分考えたくありません。でもこれだけ力を注いだのだから、必ず読者の皆さんには、満足していただけるはずだ、という自信はあります。

 

以上 転記終わり

 

ガリレオシリーズの作者である東野圭吾さんの苦悩が良くあらわれている文章だと思います。確かに近年のガリレオシリーズは初期のガリレオシリーズと違い、何か勢いを失った気がしないではなかったのですが、それは作者の東野圭吾さんの気持ちを露骨にあらわしていたのでしょう。

確かに「禁断の魔術」に収録されている、「猛射つ」のラストシーンでは、今回でガリレオは終わりなのだな・・・という終わり方をしています。

上の東野さんからのメッセージにも記載されておりますが、特に「容疑者Xの献身」以降のガリレオの変化は顕著です。研究者ガリレオの変人ぶりが、なくなり、次第にボクたちに近い一人の人間としてのガリレオになってしまっています。

本当にこれでシリーズが終わりなのでしょうか。

なお来年2013年には、ガリレオシリーズ「真夏の方程式」の映画化が決定されています。

読者の一人として、再びガリレオシリーズを再開して頂けることを期待しています。

東野圭吾『禁断の魔術 ガリレオ8』|文藝春秋|特設サイト
http://bunshun.jp/pick-up/kindan/